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箱を開けてるときにくらい泣いたっていいと思う。
自分のことだけを悩んでいられる環境は羨ましいものだと母が言った。そういう点でその人と私とはズレていたんだって母は言った。私は自分のことだけを悩んではいられないから、密度が異なっていたのかな、自分のことで悩んだり思考したりするのはいつものことだけれど、それ以上に私には生活があるしその日暮らし的だし家族のことで私がどうにかしなくちゃいけないのだから。そういったアレコレを考える必要のない人間だったんでしょ?って言っていたけど、わからない、私には、私には私以外の人間を思いやる義務があるよ。嘘をつくのは下手だけれど哀しいときに笑うのは一番の得意技だからだいじょうぶだ。だいじょうぶだった。私がなにもしてあげられなかったのが、負担になっていたのが私だったのが、少し悔しいだけだった。なんにも変わっていないみたいな夜だから誤解してしまう。センチメンタルになるのはもうやめにしよう。暗示をかけるのも得意だから。

一年の総括をしようと思ったけれど総括をするほど何か覚えているわけでもないし何か成したわけでもない。強いて言えばネットレーベルにお近づきになったのと役者したのといくつかモデルやったくらいかしら。あーあと大学に入ったね。信頼できる友達もできたし絆はそれ以上に絆になったし人間関係は全体的にうまくいってる。ただ、私は自分の世界が広すぎるのかもしれない、もしくは深すぎるのかもしれない、私の世界に踏み込んだ人間たちを幸せにしてあげられる自信が、最近は、ない。

ただ自分は半年前の自分より微かだけれど確実に変わったと思うし、今になっては変化を恐れる感情も薄れている。それは子どもの頃の私より大人になった私がいるからだろうなって。微かな変化を遂げた私の進む道は今までのレールとは違うものにもなっていると思う、それは将来的に見て大きな変化だ。ありがとうを言いたい人がたくさんいる。特に半年前から今日までの人に。こんなところで言ってしまうのは狡いけれどいわば自分の部屋のような場所だから書き留めておく。今でも半年前と変わらずに愛しているしもしかしたら半年前以上だし、いつでも戻ってくればいいのにって思ってる。笑う。それでも一応は諦めがついた。きちんとした言葉を使えたからだったかもしれない。私は今日最高に冷静だったから。全ては筋書き通りだった。